国登録有形文化財 旧平田家フール

豚の飼育と便所を兼ね備える建造物

フールとは、豚の飼育も兼ねた厠(かわや)のことで、排泄物を豚の餌にしていました。

沖縄では、「鳴き声以外はすべて食べる」と言われるほど豚は重要な食材であり フールは衛生と効率を両立させる工夫として利用されてきました。 しかし、明治政府時代に衛生的な観点からフールの使用は禁止されています。 沖縄県の都市で使用が完全に禁止されるのは1917(大正6)年ですので、 このフールは少なくともそれ以前に建築されたことがうかがえます。

歴史や背景

1392年琉球王国・察度王の時代に、閩人三十六姓が琉球王国に渡来した際に豚が沖縄に広められたと言われています。

明と琉球王国は進貢貿易を結んでおり、琉球国王が王位に就く際には、明から冊封使が琉球にきて冊封という国王の任命式が行われていました。
数百人が琉球に滞在する任命式の間、1日に20頭の豚が接待のごちそうに使用されていたと言われています。
このことからも琉球王府は仏教を受け入れたものの、食肉文化を排除はしなかったことが伺え、現在の豚肉文化もこの時から脈々と受け継がれているのです。

閩人三十六姓とは

1392年に明の皇帝から命令され琉球王国に渡来した閩人(現在でいう福建省にいた中国人)の職能集団のこと。久米三十六姓とも呼ばれる。