女性神職「ツカサ」が住んだ家屋
竣工年 | 琉球王国時代後期 |
移築前所在地 | 石垣島石垣市 |

歴史や背景
旧西石垣家は、琉球王国時代後期に沖縄より約400キロ離れた石垣島に建てられ、1981年に琉球村へ移築されました。
当時所有していた西石垣家は、本家の石垣家からの分家であり、石垣市発祥の聖地「宮鳥御嶽(みやとりおん)」の女性神職「ツカサ」を務めた名家もあります。
西石垣家は、現在でも神職についている家柄です。
琉球王国時代、この家屋に祭りや行事の本番前に女性神職「ツカサ」が住み、自身を清め精神統一をはかったと言われています。
注目ポイント
1部屋だけの間取り
旧西石垣家はほかの民家と違い、間取りが一番座の1部屋しかなく、必要に応じて部屋を仕切って使用していました。
この特徴は、古い時代に沖縄の南方に建てられた古民家によく見られ、間取りの中心に一番座を広く設置し、四方向から部屋へ入れる開放的な造りとなっています。

梁に書かれた呪言
屋根の梁には「紫微鑾駕(しびらんか)」という文字が書かれており、この文字は奄美以南の沖縄の古い民家の梁に書かれた呪言です。
その呪言は、家内繁盛と安全、幸福を祈願する意味が込められています。
家屋によっては、「天官賜福紫微鑾駕(てんかんしふくしびらんか)」と書かれている呪言もあります。

旧西石垣家で体験できること

旧西石垣家は、中央広場のすぐ隣にあることから、三線や唄などエイサーで演奏する音楽の練習風景を見ることができるかもしれません。
琉球村エイサー隊における音楽の役割や、演奏している楽器・三線について知ることで、より深く琉球を感じることができるでしょう。
地謡とは
地謡(ジウテー)とは、エイサーや組踊で音楽を担当する人のことです。
エイサーでは重要な存在であり、三線を奏でながらエイサー節を歌い、全体を引っ張るだけでなく、踊りを引き立たせる役割も担います。
地域によっては、地方(ジカタ)と呼ばれることもあります。

地謡の奏でる三線
三線とは、沖縄に古くから伝わる弦楽器のことであり、その名の通り3本の弦が張られ、胴には蛇の皮が使用されています。
15世紀から16世紀頃、中国から伝わったとされ、当時の三線は貴重品であったことから蒸留士族によって演奏され普及しました。
三線は、琉球民謡や沖縄音楽を語る上で欠かせない存在です。
琉球村のエイサーショーでは、地謡によって奏でられています。
